ベクトルの定義

ベクトルとは何か

「向き」を含む問題

無題
無題

まず,次のような問題を考えてみよう.

  1. りんごを2 個購入して,さらに2 個購入した時,最初から数えて何個購入しているか?
  2. 北に2 km 移動して,さらに東に2 km 移動した時,最初の位置からどの場所へ移動しているか?

1. は$2 + 2 = 4 $より「4 個」である.

2. は移動距離としては$2 + 2 = 4 $より4 km だが,最初の位置から4 km 離れた距離にいるわけではない.下図のように,2. の正確な答えとしては「北東に$2\sqrt{2}$ km 移動した」となる.

これまで学習した分野(関数や数列など)では,1. のように「大きさ」のみを取り扱ってきた.

これに対して,本章以降では2. のように「大きさ」に加えて「向き」という概念を含んだ量を取り扱っていく.なお,このように「向き」と「大きさ」で定まる量のことを,一般にベクトル(vector) という.それに対して,大きさだけをもつものをスカラー(scalar) という.

有向線分

無題
無題

有向線分というものをもちいて,「向き」を図で表してみよう.

右図の線分$\text{AB}$ において,点$\text{A}$ から点$\text{B}$ への「向き」を考えたものを有向線分(oriented segment) $\text{AB}$ といい,点$\text{A}$ から点$\text{B}$ への矢印として表す.このとき,点$\text{A}$ をその始点(initial point) ,点$\text{B}$ をその終点(terminal point) ,線分$\text{AB}$ の長さをその大きさ(length) という.

各図における有向線分$\text{AB}$ と有向線分$\text{CD}$ の違いを確認しよう.

無題

無題

無題

無題

無題

無題

一般に,有向線分は次のいずれかの条件を与えれば定まるといえる.

  1. 始点,終点
  2. 位置(始点or 終点),向き,大きさ

ベクトルの定義

無題
無題 (注)

有向線分は「位置」が固定されているものであった.そして,この「位置」条件の存在のために,図1) の有向線分$\text{AB}$ と有向線分$\text{CD}$ は互いに異なる有向線分となっていた.

これに対して,有向線分であるための条件b. から「位置」条件を無視したものは「向き」と「大きさ」だけとなるのでベクトルを表すと考えることができる.

この有向線分$\text{AB}$ の表すベクトルを,記号で

\[\overrightarrow{\text{AB}}\]

と書く.

このように有向線分から「位置」条件を無視し,ベクトルとみなすことでどのようなメリットがあるかを説明しよう.

右図のような2 次関数の平行移動を考える.

このとき,各有向線分$\text{AA’}, \text{BB’}, \text{CC’}$ は全て異なる有向線分となるが,各ベクトル$\overrightarrow{\text{AA’}},\overrightarrow{\text{BB’}},\overrightarrow{\text{CC’}}$ は全て同じベクトルを表している.

このように,有向線分は位置条件が存在するため,「平行移動」という事象に対して統一的に考えられないが,ベクトルは位置条件を無視するため,「平行移動」という事象に対して統一的に考えることができるようになる.

ベクトルの相等の定義

上記の議論によって,有向線分を利用してベクトルを可視化することができた.

さて本章冒頭で述べたように,ベクトルは「大きさ」に加えて「向き」という新しい概念を含んだ量であった.そのため,等号「$=$」や演算記号「$+$」「$−$」なども新たに定義する必要がある.

吹き出しベクトルの相等の定義

「北2 km」+「東2 km」=「北東$2\sqrt{2}$ km」となるように定義するのが自然であろう.

無題
無題

ここでは,まずは等号「$=$」について定義しよう.

さきほどのp.108 の図1)に登場したベクトル$\overrightarrow{\text{AB}},\overrightarrow{\text{CD}}$ は向きと大きさが等しいので同じベクトルであった.そこで

\[\overrightarrow{\text{AB}} = \overrightarrow{\text{CD}}\]

と書くことにし,このとき,$\overrightarrow{\text{AB}}$ と$\overrightarrow{\text{CD}}$ は等しいということにする.

また,ベクトルは始点と終点を明記しないで,単に$\vec{a},\vec{b}$ と書くこともある.たとえば,右図のようなとき$\overrightarrow{\text{PQ}}$ と$\vec{a}$ は向きと大きさが等しいので

\[\overrightarrow{\text{PQ}} = \vec{a}\]

となる.

ベクトルの相等

無題
無題

右の図のベクトル$\vec{a},\vec{b},\vec{c},\vec{d},\vec{e},\vec{f}$ について,互いに等しいベクトルをいえ.

大きさと向きの等しいものを見つければよいので,$\vec{b}$ と $\vec{c}$ が等しいベクトルである.

ベクトルの大きさの表し方

$\overrightarrow{\text{AB}}$ や$\vec{a}$ の大きさを,それぞれ$\left|\overrightarrow{\text{AB}}\right| , \left|\vec{a}\right|$ と表す.ここで,$\left|\overrightarrow{\text{AB}}\right|$ は,(有向)線分$\text{AB}$ の長さに等しい.特に,大きさが$1$ であるベクトルを単位ベクトル(unit vector) という.

平面ベクトルの成分表示

平面ベクトルを成分で表す

無題
無題

座標平面上にあるベクトルに対して,そのベクトルを成分を用いて表してみよう.

右図のように,$xy$ 平面上に2 点$\text{A}(2, 3),\text{B}(7, 6)$ をとり,有向線分$\text{AB}$ を考える.

このとき,$\overrightarrow{\text{AB}}$ を

$x$の増分: $8 − 3 = 5$

$y$の増分: $4 − 1 = 3$

を用いて,$\overrightarrow{\text{AB}} = \left( \begin{array}{c} 5\\ 3\\ \end{array} \right)$ と表すことにする.

一般には,点$\text{P}(x_1, y_1),\text{Q}(x_2, y_2)$ において,有向線分$\text{PQ}$ における$x $の増分$x_2 − x_1,y$の増分$y_2 − y_1$ をもちいて

\[\overrightarrow{\text{PQ}} = \left( \begin{array}{c} x_2 − x_1\\ y_2 − y_1\\ \end{array} \right) \]

と表す.ベクトルのこのような表し方を成分表示といい,$x_2 − x_1$ の値を$x $成分(xcomponent),$y_2 − y_1$ の値を$y$ 成分(y-component) という.

ベクトルの成分表示

無題
無題

右の図のベクトル$\vec{a},\vec{b},\vec{c}$ を成分で表せ.

まず,$\vec{a}$ の始点の座標は$(0, 0)$,終点の座標は$(1, 2)$ である.したがって

\[\vec{a} = \left( \begin{array}{c} 1 – 0\\ 2 – 0\\ \end{array} \right) = \boldsymbol{ \left( \begin{array}{c} 1\\ 2\\ \end{array} \right)}\] となる.同様にして,$\boldsymbol{\vec{b} = \left( \begin{array}{c} 3\\ −2\\ \end{array} \right) ,\vec{c} = \left( \begin{array}{c} 1\\ 3\\ \end{array} \right)}$となる.

成分表示された平面ベクトルの相等

一般に,2 つの$\vec{a} = \left( \begin{array}{c} a_x\\ a_y\\ \end{array} \right) ,\vec{b} = \left( \begin{array}{c} b_x\\ b_y\\ \end{array} \right)$ の相等に関して

\[\vec{a} = \vec{b} \Longleftrightarrow \left\{ \begin{array}{l} a_x = b_x\\ a_y = b_y\\ \end{array} \right. \]

が成り立つ.

成分表示された平面ベクトルの大きさ

また,$\overrightarrow{\text{AB}}$ の大きさ$\left|\overrightarrow{\text{AB}}\right|$ は,線分$\text{AB}$ の長さであるから,三平方の定理より \[\left|\overrightarrow{\text{AB}}\right| = \sqrt{5^2 + 3^2} = \sqrt{34}\]

となる.

一般に,$\vec{a} = \left( \begin{array}{c} a_x\\ a_y\\ \end{array} \right)$ の大きさ$\left|\vec{a}\right|$ は

\[\left|\vec{a}\right| = \sqrt{a_x^2 + a_y^2}\]

で求まる.

特に,2 点$\text{P}(x_1, y_1),\text{Q}(x_2, y_2)$ については

\[\left|\overrightarrow{\text{PQ}}\right| = \sqrt{(x_2 − x_1)^2 + (y_2 − y_1)^2}\]

となる.

有向線分のあらわすベクトルの大きさ

無題
無題

右の図のベクトル$\vec{a},\vec{b},\vec{c},\vec{d}$ について,それぞれの大きさを求めよ.

\begin{align} \left|\vec{a}\right| &=\sqrt{(1 − 3)^2 + (2 – 3)^2} =\sqrt{4 + 1} =\boldsymbol{\sqrt{5}}\\ \left|\vec{b}\right| &=\sqrt{ (4 − 1)^2 + \{2 − (−2)\}^2 }\\ &=\sqrt{9 + 16} =\boldsymbol{ 5}\\ \left|\vec{c}\right| &=\sqrt{ (−2)^2 + 3^2} =\sqrt{4 + 9} =\boldsymbol{\sqrt{13}}\\ \left|\vec{d}\right| &=\sqrt{\left\{−1 − (−3)\right\}^2 +\left \{−2 − (−1)\right\}^2} \\ &=\sqrt{4 + 1} =\boldsymbol{\sqrt{5}} \end{align}