恒等式
多項式とはなんであったか
FTEXT 数学Iで学んだように,いくつかの単項式の和や差として表される式を多項式(polynomial) といった. たとえば, $4x^2 − 3x + 5$ は,$x$ の2次多項式である. この式の $x$ にはさまざまに変化する値が代入されると想定されるが,このような $x$ を 変数(variable)と呼ぶ. それに対して,この式の $4$ や $− 3$ や $5$ のように,一定の値のまま変化しないものを 定数(constant)と呼ぶ.
これらの言葉をつかうと,定数 $a_0,~ a_1,~\cdots,~ a_n$ を係数とする変数 $x$ の式
\[a_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_1x+a_0\]を $x$ の多項式と定義できる。
多項式の相等
$2 + 3 = 5$ という等式は, $2 + 3$ という数が $5$ という数と等しいという,関係を表したものである. この例は数の関係を表したものであるが, 関係はなにも数に限ったことではなく,多項式についても同様に関係を表すことができる. 多項式と多項式の関係の1つである,多項式の相等を以下に定義しておこう.
多項式の相等
2つの$n$次多項式 $f(x),g(x)$
\[f(x)=a_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_1x+a_0\] \[g(x)=b_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+b_1x+b_0\]において,すべての係数が等しい,すなわち
\[a_n=b_n,~a_{n-1}=b_{n-1},~\cdots\] \[\qquad\qquad,~a_1=b_1,~a_0=b_0\]が成り立つとき, $f(x)$ と $g(x)$ は多項式として等しいという.
たとえば,多項式 $f(x) = 3x^2 − 4x + 7$ と多項式 $g(x) = 3x^2 − 4x + 7$ は, すべての係数が等しいので,多項式として等しいといえる. しかし,多項式 $h(x) = 3x^2 − 5x + 7$ は,すべての係数が等しいわけではないので, 多項式として等しいとはいえない.
恒等式とは何か
式 $x^2 = − x + 2$ は $x = 1$ または $x = − 2$ のとき成り立つ等式である. このように,特別な値を入れたときだけ成り立つ等式を方程式(equation)という.
これに対して,式 $x^2 − x = x(x − 1)$ のように, $x$ にどのような値を代入しても成り立つ等式のことを
値を代入する文字,すなわち変数は1つとは限らない. たとえば, $(x − y)(x + y) = x^2 − y^2$ は, $x,y$ にどのような値を代入しても成り立つので恒等式と考える.
恒等式の定義
ある等式において,その変数にどのような値を代入しても, 常に等式が成り立つとき,その等式をそれらの文字についての恒等式(identity)という.
一般に,式の変形によって導かれる等式は,どれも恒等式である. たとえば, $(x − 1)(x − 3)$ を展開すると $x^2 − 4x + 3$ となるので,等式
\[(x-1)(x-3)=x^2-4x+3\]は恒等式である.
恒等式〜その1〜
次の等式のうち,恒等式はどれか.
- $(x+3)(x+1)-5(x+1)$
$\qquad\qquad\qquad=(x-2)(x+1)$ - $(x+y)(x-y)+x^2+2x=(x+y)^2$
- $\dfrac{1}{x}+\dfrac{1}{x+1}=\dfrac{1}{x(x+1)}$
左辺を展開すると
(左辺)
\begin{eqnarray} &=&x^2+4x+3-5x-5\\ &=&x^2-x-2\\ &=&(x-2)(x+1)= \end{eqnarray}(右辺)
ゆえに,
恒等式である.
両辺に, $x = 1,y = 0$ を代入すると
← $x = 1,y = 0$ はひとつの例である
(左辺) $=(1+0)(1-0)$
$\qquad\qquad+1^2+2\cdot 1=4$(右辺) $=(1+0)^2=1$
左辺の値と右辺の値が異なるので
恒等式ではない.
両辺に, $x = 1$ を代入すると
← $x = 1$ はひとつの例である
(左辺) $=\dfrac{1}{1}+\dfrac{1}{1+1}=\dfrac{3}{2}$
(右辺) $=\dfrac{1}{1(1+1)}=\dfrac{1}{2}$
左辺の値と右辺の値が異なるので
恒等式ではない.
以上から,恒等式は
1.
である.
多項式が恒等的に0になる条件
$a_0,a_1,a_2$ を定数とするとき,等式 $a_2x^2+a_1x+a_0=0$ が $x$ についての恒等式となるのは, 係数 $a_0,a_1,a_2$ にどのような条件が備わっているときなのか調べてみる.
$a_2x^2+a_1x+a_0=0$ が $x$ についての恒等式であるならば, $x$ にどのような値を代入しても,この等式は成り立つので, たとえば, $x=-1,x=0,x=1$ をそれぞれ代入すると
\begin{cases} a_2-a_1+a_0=0 \\ a_0=0 \\ a_2+a_1+a_0=0 \end{cases}が必要であり,この連立方程式を解くと
\[a_2=a_1=a_0=0\]となる(下の $\Longrightarrow$ の証明). 逆に, $a_2=a_1=a_0=0$ とすると,等式$a_2x^2+a_1x+a_0=0$ は明らかに $x$ についての恒等式となる(下の $\Longleftarrow$ の証明).
以上より,次のことが成り立つ.
「 $a_2x^2+a_1x+a_0=0$ が $x$ についての恒等式である」 $\Longleftrightarrow a_2=a_1=a_0=0$
この例では2次式の等式について考えたが,一般に,同類項を整理した後の多項式について,次のことが成り立つ.
多項式が恒等的に$0$になる条件
多項式 $f(x)=a_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots$
$\qquad\qquad\qquad\qquad+a_1x+a_0$ において
が恒等式となるのは, $f(x)$ の各項の係数がすべて $0$ になる,すなわち
\[a_n=a_{n-1}=\cdots=a_1=a_0=0\]のときである.
この証明は,付録多項式が恒等的に $0$ になる条件の証明で行う.
吹き出し多項式が恒等的に0になる条件
この証明は,このあと習う知識を必要とし,しかも少々難しいので,初読の際には読み飛ばしてよい.
暗記多項式の恒等式
2つの $n$ 次の多項式 $f(x),g(x)$ をそれぞれ
\[f(x)=a_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots\]\[\qquad\qquad\qquad\qquad+a_1x+a_0\] \[g(x)=b_nx^n+b_{n-1}x^{n-1}+\cdots\]\[\qquad\qquad\qquad\qquad+b_1x+b_0\]とおく.このとき,等式
\[f(x)=g(x)\]が恒等式となるのは, $f(x)$ と $g(x)$ が多項式として等しいとき,すなわち
\[a_n=b_n~,~~a_{n-1}=b_{n-1}~,~~\cdots\] \[~,~~a_1=b_1~,~~a_0=b_0\]が成り立つときであることを上の多項式が恒等的に $0$ になる条件を使い証明せよ.
が恒等式となることとは同値である.
←このあとすぐに習う『等式の証明について』の知識を使った
この恒等式が成り立つのは,多項式が恒等的に $0$ になる条件より
\[a_n-b_n=0~,~~a_{n-1}-b_{n-1}=0~,~~\cdots~\] \[\qquad\qquad,~~a_{1}-b_1=0~,~~a_0-b_0=0\]すなわち
\[a_n=b_n~,~~a_{n-1}=b_{n-1}~,~~\cdots\] \[~,~~a_1=b_1~,~~a_0=b_0\]が成り立つときである.
この例題の内容をまとめると,次のようになる.
多項式の相等と恒等式
$f(x),g(x)$ を多項式とするとき
\[f(x)=g(x)\]が恒等式となるのは, $f(x)$ と $g(x)$ の次数が等しく,両辺の同じ次数の項の係数がそれぞれ等しいとき,すなわち 多項式として等しいときである.
このことから, $x$ の多項式 $f(x),g(x)$ についての等式 $f(x)=g(x)$ が恒等式となるための条件として,
i) $x$ に具体的な値を代入して両辺が等しくなる(代入法)
ii)左右両辺の同じ次数の係数が等しくなっている(係数比較法)
上記のいずれの条件でもよいことがわかる.
以下では,この2つを活用して,恒等式を求めてみよう.
恒等式〜その2〜
次の等式が恒等式となるように,定数 $a,b,c,d$ の値を定めよ.
- $x^2+3x=ax^2+bx+c$
- $x^2=a(x-1)^2+b(x-1)+c$
- $x^2=ax(x+1)+b(x-1)+c$
- $x^3=a(x-1)^3+b(x-1)^2$
$\qquad\qquad\quad+c(x-1)+d$ - $x^3=ax(x+1)(x+2)$
$\qquad+bx(x+1)+cx+d$
両辺の $x^2$ の係数を比較すると, $\boldsymbol{a=1}$ である.
両辺の $x$ の係数を比較すると, $\boldsymbol{b=3}$ である.
両辺の定数項を比較すると, $\boldsymbol{c=0}$ である.
両辺の $x^2$ の係数を比較すると, $\boldsymbol{a=1}$ である.
$x = 1$ を代入すると
←右辺には $x − 1$ という形の式があるので, $x = 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&1^2=1(1-1)^2+b(1-1)+c\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{c=1} \end{eqnarray}また, $x = 0$ を代入すると
← $0$ 以外の数でもかまわないが,一番計算が簡単にできる $0$ を使った
\begin{eqnarray} &&0^2=1(0-1)^2+b(0-1)+1\\ &&\Leftrightarrow~0=1-b+1\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{b=2} \end{eqnarray}両辺の $x^2$ の係数を比較すると, $\boldsymbol{a=1}$ である.
$x = 1$ を代入すると
←右辺には $x − 1$ という形の式があるので,$x = 1$を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&1^2=1\cdot1(1+1)+b(1-1)+c\\ &&\Leftrightarrow~2+c=1\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{c=-1} \end{eqnarray}また, $x = − 1$ を代入すると
←右辺には $x + 1$ という形の式があるので, $x = − 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&(-1)^2=1(-1)(-1+1)\\ &&\qquad+b(-1-1)-1\\ &&\Leftrightarrow~-2b-1=1\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{b=-1} \end{eqnarray}両辺の $x^3$ の係数を比較すると, $a=\boldsymbol{1}$ である.
$x = 1$ を代入すると
←右辺には $x − 1$ という形の式があるので, $x = 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&1^3=a(1-1)^3+b(1-1)^2\\ &&\qquad+c(1-1)+d\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{d=1} \end{eqnarray}右辺を展開すると
(右辺)
\begin{eqnarray} &&=1(x^3-3x^2+3x-1)\\ &&\quad+b(x^2-2x+1)+cx-c+1 \\ &&=x^3+(b-3)x^2\\ &&\quad+(-2b+c+3)x-c \end{eqnarray}$x^2$ と $x$ の項の係数を比較すると
\begin{cases} b-3=0\\ -2b+c+3=0 \end{cases}この連立方程式を解くと, $\boldsymbol{b=3},\boldsymbol{c=3}$ となる.
【別解:微分法を用いる】
$x = 1$ を代入すると
←右辺には $x − 1$ という形の式があるので, $x = 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&1^3=a(1-1)^3+b(1-1)^2\\ &&\qquad+c(1-1)+d\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{d=1} \end{eqnarray}与式の両辺を微分すると
$3x^2=3a(x-1)^2$
$\qquad+2b(x-1)+c\tag{1}\label{takousikisono21}$これに $x = 1$ を代入すると
←右辺には $x − 1$ という形の式があるので, $x = 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
$3\cdot 1^2=3a(1-1)^2+2b(1-1)+c$
$\Leftrightarrow~\boldsymbol{c=3}$
$\eqref{takousikisono21}$の両辺をさらに微分すると
$6x=6a(x-1)+2b\tag{2}\label{takousikisono22}$
これに$x = 1$を代入すると
←右辺には$x − 1$という形の式があるので,$x = 1$を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&6\cdot 1=6a(1-1)+2b\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{b=3} \end{eqnarray}$\eqref{takousikisono22}$の両辺をさらに微分すると
\[6=6a\Leftrightarrow~\boldsymbol{a=1}\]右辺の $x^3$ の係数は $a$ なので, $\boldsymbol{a=1}$ である.
$x = 0$ を代入すると
\[\boldsymbol{d=0}\]また, $x = − 1$ を代入すると
←右辺には $x + 1$ という形の式があるので, $x = − 1$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&(-1)^3=1(-1)(-1+1)(-1+2)\\ &&\qquad+b(-1)(-1+1)+c(-1)+0\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{c=1} \end{eqnarray}さらに, $x = − 2$ を代入すると
←右辺には $x + 2$ という形の式があるので, $x = − 2$ を代入することで不明な文字が少ない式をたてることができる
\begin{eqnarray} &&(-2)^3=1(-2)(-2+1)(-2+2)\\ &&\qquad+b(-2)(-2+1)+1(-2)+0\\ &&\Leftrightarrow~\boldsymbol{b=-3} \end{eqnarray}
【恒等式〜その3〜】
$k$ が任意の値をとるとき,常に次の等式が成り立つように, $x,y$ の値を求めよ.
\[(2k-1)x+(k-1)y-k+3=0\]左辺を展開し, $k$ についてまとめると
\[(2x+y-1)k-x-y+3=0\]これが $k$ がいかなる値でも成り立つのは
\begin{cases} 2x+y-1=0 \\ -x-y+3=0 \end{cases}のとき.
← $(2x+y-1)k-x-y+3=0\cdot k+0$ と考えて両辺の係数を比較した
この連立方程式を解くと $\boldsymbol{x=-2},\boldsymbol{y=-5}$ である.
2つ以上の変数に関する恒等式
$a,b,c,d,e,f$ を定数とするとき
\[ax^2+by^2+cxy+dx+ey+f=0\]が $x,y$ についての恒等式であるとき,係数にはどのような関係が成り立つのか考えてみる.
まず,左辺を $x$ について整理すると
\[ax^2+(cy+d)x+(by^2+ey+f)=0\]となるが,まず $x$ についての恒等式であるから,多項式が恒等的に $0$ になる条件より次のことが成り立つ.
\[a=0~,~~cy+d=0~,~~by^2+ey+f=0\]また,これらが $y$ についての恒等式でもあるから,結局得られるのは
\[a=0~,~~b=0~,~~c=0\] \[~,~~d=0~,~~e=0~,~~f=0\]となる.
一般に,次にようにまとめることができる.
2つ以上の文字に関する恒等式
複数の変数に関する等式が恒等式となる条件は,同類項でまとめたあとの各項の係数がすべて $0$ になることである.